「視線恐怖症」などの病気もありますが、そこまでいかなくても日常生活で、
人の視線を苦手としていて、目が合わせられなかったり、
視線を少しずらして会話する工夫をされていたりされる方は、意外と多くいらっしゃるように思います。
むしろ、人の視線は得意で、バンバン浴びても平気。
という人のほうが少ないかも。(笑)
大得意ではないけれど「普通」と感じている人も、
心が弱っている時や、苦手な相手の視線は、つらく感じる、ということや、
若い頃は苦手だったというような「時期」もあるかもしれません。
さて、人より重いと感じたら、やはり病院をお勧めしますが、
(専門家ではないので)
私の視線克服法。
といっても、もともと、そこまで苦手と言うほどでもないけど大得意でもないという「普通」レベルだと思うのですが、
あ、前より人の視線が、気にならなくなっている、と思った方法は、
人とすれ違ったときに、「この人にすべての良きことが雪崩のごとくおきます」と思うようにしたことでした。
(「この人にすべての良きことが雪崩のごとくおきます」は、納税額日本一の斎藤一人さんの教え。コチラの記事に書きました。)
こちらのユーチューブ(斎藤一人さんの講演)、「この人にすべての良きことがなだれのごとく起きます」のお話が聞けます。
斎藤一人さんの【ツヤ】と【言葉】と【光もの】で幸せになる話☆つやこ49完全版☆
で、この「この人にすべての良きことが雪崩のごとくおきます」とすれ違う人に祈る。
これが、
忙しい。(笑)
うっかり歩いていられない。
(人通りの少ないところでも、どこですれ違うか、みたいな。(笑))
(もちろんすれ違う人だけでなく、会った人や家族にも、思い出した人にも祈り、一日になるべく多くの人に対して祈っている感じです。)
しかも団体様がいらっしゃったときには、
「この方々に、すべての良きことが雪崩のごとく起きます」と祈りながら、
全員の頭の上に一気のポンっ!と「幸」スタンプを押す映像をイメージするので、
気合いがいる。(笑)
(この団体様対応は、私の個人的方法で斎藤一人さんのお話にはないので、合っているかこれが良い方法なのかは分かりません)
何かすることに一所懸命だったり、他のことに気を取られているので、
視線なんて気にしている余裕もなくなってくる、という感じもあるのですが、
ふと気がついてみれば、誰かと話している時にも、
(「人の視線が気になる」みたいな話題に触れたときに)
あ、私、全然人の視線なんて、気にすることもなくなっている、
と、初めて気づきました。
多分、「人から見られる私」という視点の意識から、
「人を見る私」という意識に変わったことも大きいのかも。
「自分が人からどう見られているか」、
という意識から、
「人のことを思うことに夢中になる自分」、という意識に、
いつのまにかシフトチェンジしていた、という感じです。
ちなみに、「この人にすべての良きことが雪崩のごとく起きます」と心の中で祈るときは、
その人をじっと見ません。
ここ、じっと見ると不審者になってしまうので要注意。(笑)
全く興味のないふりをして、視線も合わさず、首を向けることもありませんが、
視界に入ってきた人に焦点を合わさないようにしつつ、
なるべく多く、できれば全員分、心の中で祈ります。
これ本当に、前後左右どこからでも人が視界にインするうえ、
早く祈らないとフレームアウト。(笑)
(フレームアウトしてからでも祈ります)
余裕があれば車にも祈り、
さらに周りに人がいないような所で、余裕がありすぎれば天国言葉を間に挟むこともあり。
(天国言葉は「あいしてます、ついてる、うれしい、楽しい、感謝してます、しあわせ、ありがとう、ゆるします」を一日何度も言うといいよという話)
けっこう気づきの練習にもなるので、
気遣いの練習や、認知症予防にもなるかも。
(人が何人いる、みたいなことを早めに察知してビジュアル(映像)で記憶、
(じっとは見れない)その分を祈ったり。
他の人を祈るのに忙しくて、間に合わなければ、フレームアウトしてしまった人を記憶しておいて、あとから祈ったり。 頭が情報をテキパキ処理。)
結局、私の「相手の視線が苦手な人の、克服法」は、
いつも、他人のことを考えていること。
人からの視線のことなど意識しないぐらい、
他人のことを考えている状態でいることが多いと、
一個人と対面しても、
人が自分をどう思っているかどうかよりも、
自分が相手の幸せを思うことのほうで忙しい。
相手がどう思っているか知らなけれど、(そんなことに興味なく)
とにかく自分は相手の幸せを祈っている、みたいな感じです。
また、人の幸せを祈ることで、
自分の中の無意識の部分、潜在意識が変わり、
自分の持つ雰囲気や、人に対する気持ちも、知らないうちに優しく変わっているように思います。
(以前よりも、人から親しく話しかけられたり、好かれることが増えました。)
人の視線も気にならなくなりますし、
自分も人も幸せになれる、良い方法のように思います。